私たち日本人の多くに見られる、ある特異な体質。それが「お酒に弱い体質」です。飲酒後に顔が赤くなったり、動悸が激しくなったり、ひどい場合は吐き気を催すこともあります。この体質の背景にあるのが、「ALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)」という遺伝子の変異です。
このALDH2遺伝子の変異を持つ人は、アルコールの代謝に関わる重要な酵素を十分に生成できません。結果として、アルコールが体内で分解される過程で生じる有害物質「アセトアルデヒド」が体内に残りやすくなります。この物質こそが、いわゆる「酒に弱い」反応の原因なのです。
ALDH2遺伝子とは?
ALDH2とは、体内でアセトアルデヒドを酢酸へと分解する働きを持つ酵素です。通常、アルコールは体内でまずアセトアルデヒドへと分解され、さらに酢酸へと分解されて無害化されます。
しかし、ALDH2の遺伝子に変異がある人は、この最終分解ステップがうまく機能しません。その結果、アセトアルデヒドが血中に残り、顔の紅潮や吐き気、動悸などの反応が起きます。この現象は「フラッシング反応」と呼ばれます。
日本人の約40%が変異型を持つ
驚くべきことに、このALDH2の不活性型(変異型)を持つ人は、日本人の約40%にも上るとされています。特に東アジアの人々、中国・韓国・台湾・ベトナムなどにも多く見られ、ヨーロッパ系やアフリカ系の人々にはほとんど存在しません。
この地理的な偏りは非常に特徴的であり、なぜこの遺伝子変異が東アジアに集中しているのかについては、長年にわたって議論されてきました。
進化の視点:感染症との関係
最新の進化学や人類学の研究では、このALDH2遺伝子変異が「マラリアなどの感染症への抵抗性」と関連している可能性が示唆されています。
東アジアの湿潤な気候では、古代から感染症のリスクが高く、衛生状態の悪い環境で生き延びるためには、免疫系に加えて代謝系の特性が生存に有利に働いた可能性があります。アセトアルデヒドは細胞にとって有毒ですが、逆にその毒性が一部の病原体に対して防御的に作用した可能性があると考えられているのです。
このような仮説に基づくと、ALDH2変異は単なる”酒に弱い体質”ではなく、長い人類の歴史の中で自然選択を受けてきた遺伝的特徴であることが見えてきます。
健康リスクとの関係
一方で、ALDH2変異は現代の生活において、いくつかの健康リスクとも密接に関連しています。
1. がんリスク
ALDH2不活性型の人がアルコールを摂取すると、体内にアセトアルデヒドが長時間残留するため、DNA損傷が起こりやすくなります。これが食道がんや咽頭がんなど、特定のがんのリスクを高めることが知られています。
2. 糖尿病との関連
最近の研究では、ALDH2遺伝子の変異がインスリン分泌や代謝バランスにも影響を及ぼす可能性が指摘されています。特に日本人は欧米人と比べて糖尿病リスクが高いため、この遺伝子の影響も無視できません。
3. 心血管疾患
アセトアルデヒドの残留は血管や心筋にも影響を与えることがあり、高血圧や動脈硬化などのリスク因子にもつながる可能性があります。
遺伝子によって分かれる「体質」
ALDH2変異は、いわば”生まれ持った体質”の一部です。アルコールに対する強さだけでなく、健康全体への影響を考えると、自分の遺伝子型を理解することはとても重要です。
日本では、簡易な遺伝子検査でこの体質を知ることが可能になってきています。たとえ飲酒が文化として根付いていても、無理に体質に逆らってまで飲酒を続けることは、将来的な健康リスクを高めることにつながります。
まとめ:ALDH2は日本人の進化と健康を映す鏡
ALDH2遺伝子の変異は、単に「お酒に弱い」だけでは語れない、私たち日本人の進化と健康に深く関わる特徴です。東アジア特有のこの遺伝子型は、古代の生存戦略としての背景を持ち、現代では生活習慣病やがんといった健康問題に影響を与えるリスク因子でもあります。
自分の体質を理解し、適切な生活習慣を選ぶことは、遺伝子に抗うのではなく、共に生きる知恵と言えるでしょう。

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