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江戸っ子も驚く!?「握り寿司」が最強のファストフードだった意外な歴史

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【衝撃】高級料理の「握り寿司」、実は江戸時代のコンビニ飯だった?

現代で「お寿司」といえば、回らないお店ならちょっとした贅沢、回転寿司でも家族のイベントというイメージが強いですよね。

しかし、歴史をさかのぼること約200年。江戸時代の日本人にとって、握り寿司は「仕事の合間に屋台でパッとつまむ、現代のコンビニおにぎり」のような存在でした。

なぜ高級品へと進化したのか? なぜ昔の寿司はあんなに大きかったのか?

今回は、知ればもっとお寿司が美味しくなる、江戸のファストフード事情を紐解いていきます。


1. 【起】寿司の概念を覆した「せっかちな江戸っ子」たち

もともと「寿司」は、魚を米と塩で長時間発酵させる「なれずし」という保存食でした。完成までに数ヶ月から1年もかかる、気の長い食べ物だったのです。

ところが、気が短くて「待つのが大嫌い」な江戸っ子たちが黙っていませんでした。

  • 「もっと早く食べたい!」
  • 「発酵なんて待ってられるか!」

そんなニーズに応えるように、19世紀初頭の江戸で誕生したのが、酢飯に生のネタを乗せてその場でギュッと握る「握り寿司」です。

まさに、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する現代人にも通じる、江戸っ子の「せっかちさ」が生んだ革命的な発明でした。


2. 【承】伝説の職人「華屋与兵衛」と、巨大な1貫

この「握り寿司」を考案し、爆発的なブームを巻き起こしたのが、伝説の寿司職人・華屋与兵衛(はなや よへい)です。

彼が両国に構えた屋台「与兵衛寿し」は、連日大行列。しかし、当時の寿司は、私たちが今食べているものとはかなり見た目が違いました。

驚きのサイズ感:1貫がおにぎり級!

当時の寿司は、なんと今の2倍から3倍の大きさがありました。

小ぶりなおにぎりほどのサイズがあり、それを2つに切って提供したのが、現在の「1皿2貫」のルーツになったという説もあります。

醤油は「つける」のではなく「塗る」

今のように小皿に醤油を取るスタイルではなく、職人があらかじめハケでネタに醤油(煮切り)を塗って出すのが一般的でした。忙しい客が、立ち止まってすぐに口に放り込めるようにという、徹底したファストフード仕様だったのです。


3. 【転】「暖簾が汚いほど名店」!?江戸のユニークな逸話

江戸の寿司屋台には、現代の感覚からすると驚くような「マナー」や「風景」がありました。

「手拭き」は店の暖簾(のれん)で!?

当時の屋台寿司は、基本的に「立ち食い」かつ「手づかみ」。

今のように除菌シートなんてありません。客は寿司を食べ終わったあと、あろうことかお店の「暖簾(のれん)」で、指先についた醤油をサッと拭いて帰っていたのです。

つまり、「暖簾が醤油で黒く汚れている店ほど、客がたくさん入っている繁盛店の証拠」と言われていました。今なら衛生面で大問題ですが、江戸っ子にとってはそれこそがグルメガイドの役割を果たしていたのですね。

ネタが「赤かった」理由

当時の寿司は、今のような白い酢飯ではなく、赤みがかった「赤シャリ」が主流でした。

理由は、高級だった米酢ではなく、酒粕を原料にした安価な「赤酢」を使っていたから。安くて旨い、まさに庶民の味方だったのです。


4. 【結】一歩進んだ「江戸の粋」を味わう

屋台から始まった握り寿司は、明治、大正、昭和を経て、保存技術や流通の発達とともに、高級な「板前料理」へと進化を遂げました。

しかし、その根底にあるのは「新鮮なネタを、職人の技で、一番美味しい状態で提供する」という、与兵衛が始めた頃と変わらぬ精神です。

次にあなたが寿司屋のカウンターに座った時、あるいは回転寿司のレーンを眺めた時、ぜひ思い出してみてください。

「200年前の江戸っ子も、こうやってワクワクしながら寿司を待っていたんだな」

そう思うと、いつもの1貫が少しだけ「粋」な味に変わるかもしれません。

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